【AV女優の歴史まとめ】日本初のAV女優は1981年に誕生した

【AV女優の歴史まとめ】日本初のAV女優は1981年に誕生した

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この記事を書いた人
孤高のAVソムリエ
桜小路すばる編集チーム
小3でオナニーを覚え、河原で拾ったエロ本でヌキまくる少年期を過ごす。生まれながらのコミュ障体質が幸いし、青年期も彼女よりAV好き。20年来のAV鑑賞歴を活かすため、panpanでAVレビューを中心に執筆してます。最近はVR作品にドハマリ中。別名義でDMMレビューも書いてます。
今や我々の生活に密接なAV。毎日のように楽しんでいる方がほとんどでしょう!そんなお世話になっているAVやAV女優の“歴史”は気になりますよね。AV女優は昔からいたのか?AV女優がいない時代のオカズは?というように、疑問が次々と出てくるでしょう。今回は、AV女優の歴史を過去から現在までご紹介します。歴史に刻まれている恐ろしい事件まで触れていきますよ。


AV女優が存在する前はエロ絵画や官能小説をオカズにオナニーしていた

AV女優が存在する前のオカズといえば、「エロ絵画」や「官能小説」です!今でいうエロ本のような感覚で、性器などが描かれた女性の絵でオナニーするというのが一般的。また官能小説で妄想を膨らましながらオナニーするという方も多かったです。

ちなみにオナニーという言葉もなく、手遊び(テスサビ)、自家発電などと称されていました。それから時代が進むと、AV女優はいなくてもポルノ映画を映画館で観れるようになります!なのでオナニーといえば映画館。想像するだけで異様な光景ですが、ただの絵が映像で観れるようになっただけで当時は大興奮だったのです。

AV女優がいなかった時代は、オカズ調達に必死だったということですね。

大正時代から昭和10年頃までに
エログロナンセンスと云われた
サブカルの時代に出された 書物の古本や
春画 そして 医学書や辞書で 性器 生殖に
関する項目を探し これを想像で膨らまして
自家発電の燃料にしたでしょう。
引用:Yahoo知恵袋



1981年に日本初のAV女優が誕生

エロ画集や官能小説でオナニーする時代が過ぎ、1981年(昭和56年)に日本で初めてのAV女優が誕生し、AVが発売されました!1981年というと、現在37歳の女優安達祐実さんが生まれた年です。

そんな風に考えると、AV女優が誕生したのはまだ記憶に新しい頃だと分かりますね。


日本人初のAV女優は超美人!胸は大きくないが細くて綺麗




記念すべき日本人初のAV女優は、竹村祐佳さん!作品は『ビニ本の女・秘奥覗き』です。おっぱいはそこまで大きくないものの、スレンダーできめ細かい肌が美しい女優。AV女優が誕生しただけで嬉しい事なのに、こんなにも美人な方だなんて素晴らしいですよね。

竹村祐佳さんはAVだけでなく、ロマンポルノという成人向け映画にも数多く出演。またストリッパーとして劇場の舞台に立つこともありました。活動は2000年以降まで続き、現在でもDVD化している作品が発売されています。





当時のAVはレンタルしか出来なかった|ヌキたい男性はビデオ店へ行く

AV女優が誕生し、当時は大盛り上がり。しかしこの時代は販売ではなく、レンタル形態だったんです!なのでAV女優が誕生した1981年~1985年にかけて、レンタルビデオ店が急増。

当時はレンタルでも1200円ほどしたのですが、激しい価格競争で100円レンタルなどを始める店も出てきます。これが現在もレンタルビデオ価格の元になっているんですね。もちろん人気作はいつも手に入らず、なかなかAVを見るまでに辿り着けないという焦らしプレイ…。かなりキツそうです。

それまでのビデオ作品はあくまでレンタルが主流で、顧客への小売販売という実験的な試みはあったものの、一般化はしていなかった。
引用:wikipedia



1989年AV女優の事件が多発|闇にまみれたアダルト業界の実態

AV誕生から約8年。もちろんたくさんの人がビデオを楽しみます。そんな中で残念ながら1989年には、AV女優に関係する恐ろしい事件が多発してしまったんです。有名で誰もが記憶にあるような事件をいくつかご紹介します。


女子高生コンクリート詰め殺人事件



1989年3月に発生した「女子高生コンクリート詰め殺人事件」。ご存知の方も多いと思いますが、未成年男子4人が、未成年の女性らを猥褻略取誘拐・監禁・強姦・暴行・殺人・死体遺棄したという恐ろしい事件です。

この事件を題材にした『実録・婦女暴行 宮崎陽子 コンクリート美少女』というAV作品が、事件からわずか2ヵ月で発売され世に衝撃を与えました。この作品が始まりとなり、その後も確認できるだけで3本の作品が発売されています。

これを受け、日本ビデオ倫理協会は

・青少年が関わった事件は題材にしない
・「セーラー服」「少女」など未成年者を示す言葉を、タイトル、パッケージへの使用禁止

を通達しました。

この女子高生コンクリート詰め殺人事件をAVメーカーのアイビックが事件を作品化し大きな社会問題化した。これに対してビデ倫は、「記憶に生々しい社会的事件、特に少年が当事者として関わった事件は題材と取り上げない」という通達を加盟各社に通達した。
引用:ライブドアブログ



15歳の少女AV出演事件

1989年7月21日には、伊藤友美さんという15歳の少女がAV出演する事件も発生。身分証明書は、姉(19歳)の保険証を使った説や、路上に倒れていた20歳女性の免許証を使ったという噂もあります。

24本もの作品を発売していましたが、伊藤友美さんの親族が通報。所属事務所のマウントプロモーション社長やメーカー4社の社長、監督は逮捕となりました。

伊藤友美さんは家出中だったらしく、自らAV事務所に売り込んでいたということです。





東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件



1989年8月10日には、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件が起きます。東京都北西部と埼玉県南西部で、幼女を相次いで誘拐、殺人という恐ろしい事件。幼女は4歳から7歳でした。

ただの殺人ではなく犯行声明を新聞社に送る、被害者の遺骨を遺族に送り付けるなど異常犯罪であったことから、世界的に注目される事件となっています。

犯人である宮崎勤が5,763本ものビデオ(ロリ系AVやホラー)を所持していたことで、アダルトビデオに対する本格的な抑圧が開始されました。


1998年からAV女優の労働環境が改善される|AVの販売形態が変わったおかげ

恐ろしい事件が多発したせいで、AV製作会社の多くは倒産し、AV業界は没落していきました。1997年までその状態は続いたんですが、「ルームサービス 小室友里」という作品の発売をきっかけに、AV界やAV女優の労働環境が改善されるんです!


小室友里さんのおかげでAVの販売が一般化する




AV女優が誕生した初期は、レンタル形態が一般的だったとご説明しました。しかし1998年頃からは、レンタルだけでなく販売型のAVも多く出回っていたのです。そんな中で1998年1月に人気女優小室友里さんの「ルームサービス」が販売型でリリースされます。これが10万本以上売り上げる驚異的なヒットとなり、レンタル形態からセルと呼ばれる販売形態に主流が変化しました。

こんなにも「ルームサービス」が大ヒットした訳は、小室友里さんが元アイドルだということ。ほぼ局部が見えるほど薄いモザイクだという事にあります!

当時はAV1本あたり4000~7000円が当たり前。高いものでは15000円などもあった為、販売形態になることでAV女優の給料も増え、労働環境が安定したということです。





作品を出し過ぎて質が落ちる|売り上げが下がるきっかけにもなる

この1998年にAV界が復活し、出せば売れるという最高の状態!AV女優も単体女優や企画単体女優など、現在同様の形が整ってきます。

人気になればいくらでも作品が出せる企画単体女優を使い、メーカーがここぞとばかりに作品を売り始めます。当時で話題となったのは元AV女優の「朝河蘭さん」。なんと2年間で516本もの作品を出したんです!

しかしメーカーも作品を出すことばかりに気を取られ、質の低下が目立ってきます。せっかくAV界が盛り上がっていたのに、ファンからの信頼を失い2002年にかけて売り上げが落ち込んでしまいました。

朝河蘭が2年で516本(月21本)、桃井望が2年で160本(月6本)、長瀬愛が3年で120本(月3本)、笠木忍が6年で200本(月2.7本)
引用:wikipedia



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現在はAV女優の人気が高くアイドル的存在|憧れる女性やファンも多い
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