盗撮・薬物依存…田代まさしの逮捕歴と人生をまとめてみた

盗撮・薬物依存…田代まさしの逮捕歴と人生をまとめてみた

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元パパラッチ集団
マチクサ編集チーム
芸能系を主に執筆しているマチクサ(34歳)編集チームです。昔からテレビやエンタメが好きで、7年間、某週刊誌で芸能と裏社会の記者をしていました。しかし、30歳に政治部へ異動となり悶々としている中、panpan編集部にスカウトされ転職。現在はみんながあっと驚く情報を発信しようと、記者時代に研ぎ澄まされたアンテナを張り巡らして、昼夜ネタ探しに奔走中。
タレントとして一世を風靡し、逮捕されても某掲示板で『田代まさしをアメリカのタイム誌のパーソン・オブ・ザ・イヤーに輝かせよう!』と大規模な投票活動が行われる程に愛された田代まさし氏の逮捕歴と人生をまとめてみました。


田代まさしの逮捕歴と人生①:人気絶頂時代


田代まさしの逮捕歴と人生①:人気絶頂時代

田代氏は1965年に佐賀県に生まれ、複雑な事情から母子家庭となり東京に母親と共に移り住みます。中学に進学する頃に母親の再婚相手との折り合いが悪くなったのをきっかけに、この頃からシンナー吸引に手を染めるようになりました。

高校を卒業後に就職したガソリンスタンド店でトラックの運転手に勧められ、初めて覚せい剤を使用しますがこの時はまだ覚せい剤に嵌る事もありませんでした。その後高校時代に知り合った鈴木雅之とドゥーワップ(意味を持たない軽快なリズムをコーラスする事)グループ『シャネルズ』の一員として初めて芸能界へとデビューして人気を博し、その後は作詞なども手掛けるようになり一躍音楽業界で一目を置かれる存在へと成長していきます。

音楽活動をきっかけにお茶の間にも顔が知られるようになり、志村けん氏にタレントとしての才能を見出され、今度はタレントとしても幅広い活躍を見せるようになります。独特の笑いのセンスと元来の真面目さも相まって、『ダジャレの帝王』という異名を持つまでに成り上がる反面、田代氏の精神は強者ひしめく芸能界によって徐々に蝕まれていきます。


田代まさしの逮捕歴と人生②:最初の逮捕


田代まさしの逮捕歴と人生②:最初の逮捕

2000年、田代氏は駅構内にて女性への盗撮容疑で任意同行を求められますが、その頃には日本に『田代まさし』の名は広まっていた為、逮捕には至りませんでした。しかし、この時に開いた会見で『ミニにタコ』と発言した事が波紋を呼び、世間に厳しく糾弾を受けます。想像を絶する誹謗中傷の嵐、今まで友好関係を築いた筈の人間達からの総スカン、田代氏の精神は徐々に追い詰められて、とうとう薬物へ助けを求めるようになります。

そして、僅か一年後の2001年に風呂場の覗きの現行犯で逮捕され、同時に自宅にて覚せい剤が押収された事で、薬物へ手を出した事も証言し、懲役2年執行猶予3年の判決が言い渡されます。保釈金を支払い、一度は心を入れ替えて再び社会の為に貢献しようと乗り出しますが、一度手にした薬物の快感は容赦なく田代氏の精神を蝕み、田代氏を更に薬物の沼へと引きずり込んでいきます。2004年、薬物の持つ魔力に抗えなかった田代氏は再び覚せい剤所持等の罪で逮捕されます。


田代まさしの逮捕歴と人生③:薬物との闘い





よく勘違いをしている方が居ますが、覚せい剤を所持・使用した方は捕まっても塀の中で心を入れ替えて再び出て来る頃には違う人間に生まれ変われる訳ではありません。本物の地獄と、再び元の自分を取り返す途方もない旅の始まりに過ぎないのです。田代氏は拘置所、刑務所の中で贖罪の日々と共に、強烈なフラッシュバックと薬物を断った事から訪れる精神的・肉体的な不調と戦い続けました。

そして一度目の出所、田代氏は二度と薬物には手を出さないと誓った筈が、2004年には再び覚せい剤取締法違反で逮捕。その後再び出所するも2010年には、コカインにも手を染めてしまい麻薬及び向精神薬取締法違反の容疑で現行犯逮捕されてしまいます。

約3年半の実刑を終えた後、薬物への依存に危機を感じた田代氏は、出所後の自分の身の振り方を考えた後に一つの結論を出し、再び薬物と戦う為に出所しある場所へと身を寄せます。そしてその薬物との攻防は、最初の逮捕から約10年にも及びます。


田代まさしの逮捕歴と人生④:出所から現在まで


2014年に出所した田代氏がまず向かったのは、薬物依存リハビリ施設『ダルク』に入所。同じように薬物のフラッシュバックや欲求に苛まれますが、仲間の居る生活は田代氏を再び薬物の世界へと堕とす事はありませんでした。田代氏は薬物との戦いを続けながら、現在はダルクのスタッフとして同じ苦しみを持つ仲間を励ましています。

タレントとしては致命的である、舌の呂律は上手く回らない事が現在も多々ある上に、体重も薬物で落ちてしまった分は殆ど戻りませんでした。しかし、田代氏はダルクで働きながら世の中へ著書を発表し、薬物の怖さや自分と同じ轍を踏まないようにと信号を発信し続けています。


同じ薬物に苦しむ仲間へのメッセージ


田代氏は最近逮捕された球界の番長である清原和博氏に対し、『自分が薬をやめられない病気だとまずは認める事』とエールを送り、メディアの取材に対しても少しでも薬物依存の恐ろしさ、そして周りのサポートの重要性を訴えかけています。

田代氏の大親友である鈴木雅之氏から寄せられた、『信頼を取り戻すのは大変である』という言葉を、自身の大切な家族と離れた事で身を以て知り、『自分だけではなく周りも傷つけ、迷惑を掛けてしまう』と周囲への気遣いも最近ではインタビューの中で聞かれる様になってきました。


一番会いたい人は?


田代氏は芸能界でもかなりの大物であった事もあって、交友関係も広範囲でしたが田代氏が一番会いたいと切望したのは、『撃鉄』という名のバンドでベースを担当している息子の田代たつやさん、そして一時期芸能活動を行っていた田代小夏さん…二人の最愛の子供達でした。

離婚した奥さんにも会いたいと切望していたものの、奥さんの方は田代氏が逮捕された事で世間からバッシングを一心に受けた事もあって、田代氏と会う事はもう考えていないそうです。子供のお二人には出所後などの節目に連絡をしているそうですが、会うに至っているかはコメントがありません。この喪失感が田代氏を薬に再び戻そうとする欲求を抑え込んでいる要因の一つでもあります。


芸能界復帰の可能性は…


田代氏の高いギャグセンスや、薬物事件にインタビュアーとして露出する事が増えて芸能界復帰の声が高まっていますが、本人としては『復帰の意志は無い。』とはっきりと言いきっています。それは、最初に覚せい剤所持等で逮捕をされた際に、裁判官より『芸能界で生きて行く為に薬物を使用したと言うのなら、貴方は芸能界に向いていない。』と言われた言葉が大きく影響しているのかもしれません。

田代氏は薬物と向き合う事と同時に、自分自身ともしっかり向き合うプログラムにも参加した為に今まで気付かなかった自分の脆弱さに気付き、その脆弱さこそが薬物に手を伸ばした要因なのではと反省しています。本当の意味で『自立』が出来、贖罪が終わるまでは芸能界で田代氏の姿を見るのは難しいかもしれません。

田代氏の栄華と転落、薬物がここまで人格を変えて人生を狂わせるものだと身を以て証明した姿をこれからも世間に発信し、多くの薬物患者を救って欲しいですね。以上、panpan(パンパン)編集部からのお届けでした。

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