オナホールの歴史まとめ|起源は江戸時代に存在した「吾妻形」

オナホールの歴史まとめ|起源は江戸時代に存在した「吾妻形」

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オナホマイスター
小鳥遊
週8でオナニーする28歳男。バリバリの営業マン時代、唯一の楽しみだったオナホのレビュー動画を某動画サイトにアップしたところ再生数が10万回を越え、panpan編集部にライターとしてスカウトされる。王道のTENGAから変わり種の据置オナホなど、これまで50種類以上のオナホを試した経験を活かし、リアルな使用感を伝えていきます。
今や、ドンキやAmazonで当たり前に売られているオナホール。近代に登場したアダルトグッズと思われがちですが、実は江戸時代にもオナホールがあったことはご存知ですか?そこで今回は、オナホールの歴史について徹底解剖!その背景にある性についての考え方から過去の名作、最新のトレンドグッズまで、オナホールの進化について解説します。


オナホールの歴史を知れば、オナホの魅力がもっと分かる!

オナニーのお供に、つい何となく使ってしまうオナホール。しかし、アダルトグッズと言えども、商品は商品です。その内部構造やデザインには、製作者のさまざまな想いや意図が詰まっています。

それは昔のオナホも同様で、歴史を深く理解すれば、背景にあるその時代の性やオナニーに対する考え方が見えてきます。また、宗教的な思想が関係しているのも興味深いところですね。

また、オナホールの歴史を知れば現代のオナホグッズに対する見方も変わり、新しいオナホを選ぶときの参考になります。しっかり考えて設計された当たりオナホを使いたいなら、まずはオナホの歩みについてお勉強しましょう。


そもそもオナニーはいつからしていた?世の中ではどう捉えられていた?

そもそも、昔の人間も「オナニー」という行為を行っていたのでしょうか?まずは、オナニーの歴史について簡単に解説します。


オナニーの語源は「旧約聖書」にあり

今では当たり前のように使われる「オナニー」という言葉。その語源が、ユダヤ教・キリスト教の正典である「旧約聖書」にあることはご存知でしょうか。

『旧約聖書』の「創世記」38章に「オナン」という男性が登場します。
このオナン君こそ、オナニーの語源となった人物なのです。
引用:知らなきゃ恥かしい!!オナニーの語源や歴史|日刊SODオンライン


オナニーの由来となったのが、「創世記」38章に登場するユダの息子・オナン。オナンは父の命令で、亡くなった兄の妻と結婚させられます。しかし、父が欲しいのは兄の子孫。妻との子が自分の相続人にならないことを知ったオナンは、子どもを作らないことを決意します。

そこでオナンが考えついたのが、セックスの時にわざと外(大地)へ精液を漏らすこと。今でいう「外出し(膣外射精)」です。このエピソードが転じて、「オナニー」という言葉ができたとされています。


西洋では、オナニーは非道徳的な行為とされていた

「旧約聖書」では、セックスは生殖のために神から命ぜられた行為とされています。そのため、オナンの外出し行為は罪とされ、これがもとで西洋では「オナニー=悪」というする考えが度々広まってきました。

オナニーが法律で規制された例もあります。1640年代、米国コネチカット州ニューヘイブンの法典では「冒涜者、同性愛者、自慰者への最高刑は死刑」とされており、オナニー防止のための貞操帯があったほどです。この厳しい規制には、ニューヘイブンを開拓したのが潔癖なピューリタン(清教徒)だったという背景もあります。


オナホール の起源は江戸時代に存在した「吾妻形」だった

川柳にみる「のぞきからくり」(明和・安永・天明頃)
(中略)
からくりを見て一本かく総後架
*総後架=長屋の共同便所。
引用:見世物興行年表


一方で、キリスト教の影響が少ない日本では、明治時代の初期ごろまではオナニーに寛容でした。江戸時代には春画のほかに、エッチな紙芝居を見せる大道芸「覗き機械」(のぞきからくり)という大道芸があり、それを見終わった男性客が共同便所に駆け込んだという川柳が残っています。

その江戸時代に誕生したのが、日本初のオナホール「吾妻形」(あずまがた)です。当時の絵をみると非常にシンプルに見えますが……はたして、どのようなものだったのでしょうか。


「吾妻形」は、当時の超高級オナホ!

男性用の性具として作られた「吾妻形」。外側は鼈甲(べっこう)や水牛の角で作られており、内部には舶来のビロード(ベルベット)が敷きつめられていました。刀の鞘の中に、肌ざわりの良い布が敷きつめられているようなイメージですね。

今やワンコインで買えるオナホールですが、「吾妻形」は当時の給料の1~2か月の値段が付けられており、セレブしか買えない高級品でした。そのため、 庶民の間では吾妻形の代用品として(内部をくりぬいた)ウリやコンニャクが使われたとされています。


使用感はイマイチ……

「吾妻形」に使われたベルベットは生地(織物)の一種で、毛足が短く柔らかな手触りが特徴です。現在でもカーテンや衣服に使われている素材ですが、ゴムオナホのような伸縮性はありません。

ベルベット自体が、とろろや納豆など、現代のローションの代用となる滑りのあるものを塗っても快感を得られる素材ではありません。現在でもショップで流通している格安のスポンジオナホのような挿入感だったと思いますね。
引用:週プレNEWS/exciteニュース


また、現代のようにペペローションもなかったので、挿入感は今のオナホールとはまったく別物。あくまで、肌ざわりの良い生地でコスることで射精させるオナホでした。


オナホールはその後、どのように進化してきたか?

江戸時代に、セレブ男性の高級グッズとして登場したオナホール。それから現代に至るまで、どのように進化してきたのでしょうか。


明治や大正時代には、オナニーは秘めごとに……

「吾妻形」は明治初期ごろまでは流通していましたが、次第に使われなくなります。また、それに代わってオナホールのような新たな性具が流行ることもありませんでした。

江戸時代末期に鎖国が解かれた結果、日本には多くの外国人が訪れるようになり、日本人が西洋の文化や思想に大きく影響されます。先に解説したとおり、キリスト圏の西洋諸国には「(子づくりを目的としない)セックスやオナニーは非道徳」とする考え方があります。

その結果、この時代から「オナニーは恥ずかしいもの(周りに隠れて行うもの)」とする思想が広まり、その考え方は現代まで続いています。新しいオナニーグッズが登場しなかったのも、当然の結果ですね。

なお、明治5年には政府から「芸娼妓解放令」が発令され、以降は売春(風俗)についても規制が厳しくなりました。西洋諸国に歩調を合わせ始めた明治維新は、まさに日本の性文化の大きな転換点と言えるでしょう。

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昭和30年頃から女性用グッズが流行したが……

規制の厳しさもあり、数少ない性具店(今でいうアダルトショップ)はお上の目を盗みながら細々と営業していました。その後は度重なる戦争の影響もあり、太平洋戦争が終戦したころにはほとんど壊滅状態となりました。

終戦から10年が経った1958年には売春防止法が施行され、それと同時に刑法や薬事法が緩和されます。この頃からアダルトグッズも徐々に増え、ニューハニーペット(女性用電動バイブの元祖)などがヒットするようになります。

しかし、オナホールなどの男性用グッズは人気とならず、南極観測隊が持ち込んだとされるダッチワイフ「南極1号」が深夜番組などで話題になった程度でした。

ようやく現在のようなゴム型オナホールが作られ始めたのは、昭和時代の末期。なお、当時のグッズはジョークグッズの域を出ておらず(一応、今でもジョークグッズですが……)、今と比べて簡単な作りでした。また、当時のオナホはエロ本とともに、大人の自販機スペースでひっそりと販売されていました。


オナホール界に革命を与えたTENGAの誕生は2005年!

1999年には、現在の大手メーカーであるトイズハートがアダルトグッズ業界に参入。21世紀に入ると徐々にオナホール商品が充実してきますが、まだまだアダルトショップの片隅にある程度のマイナーな位置づけでした。

そのオナホールの知名度を一気に爆上げしたのが、2005年に発売されたTENGAシリーズです。「一般商品として通用するアダルトグッズ」を目標に2年近くの開発期間を経て製作され、製作者自らが人気AVメーカーのソフト・オン・デマンド(SOD)にプレゼンしたことで、製作・販売網の協力を取り付けます。

室内インテリアでも通用しそうなスタイリッシュなデザインは、それまでのオナホの卑猥なイメージを一新させ、男性ユーザーに広く受け入れられました。結局、発売初月で10万個、発売後1年で100万個の販売実績を上げ、大ヒットを記録。現在ではオナホールの代名詞となるほどの定番ブランドとなりました。


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2011年には、フェラホール「極フェラ」が発売!
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