かつて売春が行われていた赤線・青線の歴史と現在|全国地域別に解説

かつて売春が行われていた赤線・青線の歴史と現在|全国地域別に解説

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この記事を書いた人
匿名風俗調査集団
アキD編集チーム
箱ヘル大好き45歳。横浜の箱ヘルが入居している某ビルを8階から全店舗を制覇。私自身が経験した過去の苦い体験から「風俗で絶対に失敗してほしくない」という思いで、読者の皆さまに全国の優良店を紹介する仕事をしています。「風俗行くならpanpan読む」と言われるよう日々ライターさんたちと一緒に精進していきます。
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なお、終戦~風俗営業法施行の間はアメリカの領土だったため、厳密には「赤線地域」とは言えませんが、沖縄にもちょんの間がある地域はいくつかあり、特に那覇市・栄町では数年前まで「旅館」と称した本番アリの風俗店が営業していました。


まとめ:現在の風俗店の礎を築いた「赤線・青線」!

風俗店に出勤して、バック率に応じて賃金をもらう……。今では当たり前の風俗嬢のルーティンですが、これは「赤線」と呼ばれるようになった頃にできたシステムです。売春自体は違法となったものの、「赤線」はまさに性風俗の近代化の過程として生まれた存在と言えるでしょう。

一方、「青線」やちょんの間があった地域では、今でも趣深い昭和の香りを残すところもあります。ヌキ目的だけでなく、日本の性風俗の歴史を知る上で、このような場所に足を運んでみてはいかがでしょうか。以上、panpan(パンパン)編集部からのお届けでした。

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