女性問題で一生を台無しにした20人|芸能人の撃沈ゴシップとその後

女性問題で一生を台無しにした20人|芸能人の撃沈ゴシップとその後

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元パパラッチ集団
マチクサ編集チーム
芸能系を主に執筆しているマチクサ(34歳)編集チームです。昔からテレビやエンタメが好きで、7年間、某週刊誌で芸能と裏社会の記者をしていました。しかし、30歳に政治部へ異動となり悶々としている中、panpan編集部にスカウトされ転職。現在はみんながあっと驚く情報を発信しようと、記者時代に研ぎ澄まされたアンテナを張り巡らして、昼夜ネタ探しに奔走中。

⑨柏原崇

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初出演の映画で日本アカデミー賞新人賞を受賞した、イケメン実力派俳優!

1977年3月16日生まれ。1993年に、第6回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストでグランプリを受賞し、翌年にTVドラマ「青春の影」で俳優デビュー。1995年には、映画「Love Letter」で映画デビューし、日本アカデミー賞新人賞を受賞。韓国でも、爆発的な人気を得ました。TVドラマ、映画、CMと多数出演し、人気俳優となりました。

中でも、1996年に出演したTVドラマ「白線流し」は、以降10年間シリーズ化された代表作と言えます。

プライベートでは、2004年6月に、女優の畑野浩子と結婚するも、2006年に離婚しています。


結婚相手の畑野浩子は、手を出してはいけない女だった・・・!

柏原崇の露出が激減した原因は、世間では2004年12月に起こした傷害事件だと思われていますが、実際は元妻の畑野浩子を巡るトラブルだったそうです。

「彼の“転落”のきっかけとなったのは、世間では04年12月に本人が起こした傷害事件と思われています。しかし実際は、同年6月に入籍した畑野ひろ子との交際です。畑野は当時、“芸能界の大物”のお気に入り女優だった。ところが柏原は周囲の反対を押し切り、畑野との交際を続行。こうして、大物の逆鱗に触れてしまいました。その後畑野とは、06年に離婚しています」(芸能プロ幹部)
引用:excite NEWS


「芸能界の大物」が誰なのかは明かされていませんが、大物のお気に入りの女性に手を出してはいけないというのは、芸能界の暗黙の了解です。柏原崇は、しきたりを無視して、畑野浩子との交際を続けたことにより、徹底的にいやがらせされることになりました。

「激怒した大物は、あの手この手で柏原の足を引っ張り、すでに放送がスタートしていた連続ドラマの出演を『ケガのため』と強引に降ろされたことまでありました。そこで見かねた中堅芸能プロ社長が、『うちで面倒を見ようか?』と、柏原と大物の仲裁役を買って出たんです」(同)
引用:excite NEWS


この、強制的に途中降板させられたのはTVドラマ「いつもふたりで」だと思われます。表向きには、「頸肩腕症候群」での降板と公表されていました。その後、事務所を移籍したが、仕事は結局上手くいかなかったようです。苦労して畑野浩子と結婚するも、たった2年で離婚となりました。


事務所を移籍するも上手くいかず、芸能界からフェードアウト

「突然舞い込んだビッグネームの移籍話に、移籍先のプロダクションの関係者も完全に浮き足立ってしまったのでしょう。誰も柏原に意見することができず、またハンドリングもしてやれなかった。本人も月50万円以上の固定ギャラをもらいながら、仕事を選び放題で、やりたいこと以外は一切やらないという態度を取るように。そんな状態が何年も続き、結果的に事務所内でもお荷物扱いされるようになってしまいました」(同)
引用:excite NEWS


移籍先のプロダクションは、柏原崇をうまくマネジメントできず、どんどん仕事が減ってしまいました。結局、芸能界からはフェードアウトする形となり、最近はほとんど見ることはありません。

しかし、ファンにとっては柏原崇は唯一無二の存在のようです。




柏原崇が以前やっていた役を、他の人が続編で演じるのに耐えられないという声が多かったです。名実ともにトップだったイケメン俳優、今後復活することはあるのでしょうか?


⑩長井秀和

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長い下積み時代を経て、「間違いないっ!」で大ヒット!

1970年1月3日生まれ。創価大学文学部を卒業後、1992年に芸人としてデビュー。M2カンパニー(現ホリプロコム)を始め、複数の事務所を渡り歩く、売れない下積み時代が続いた。その後、事務所のタイタンに拾われ、所属中にメジャーに。

1999年の爆笑オンエアバトルで、初挑戦で3位を勝ち取り、翌年の2000年もオンエア。プライベートでは、下積み時代を支え続けた一般女性と結婚し、子供にも恵まれました。

2003年には、「間違いないっ!」で一躍時の人となり、以降はバラエティ番組でも精力的に活躍。ピンでも仕切れる知的芸人のポジションを築きました。


フィリピン美人局に1100万円取られ、カナダ人とは不倫!

長井秀和は、2007年5月、滞在先のフィリピンで、17歳の少女にわいせつ行為をした疑いで現地の警察を名乗る男数人に捕まり、保釈金として1100万円を支払いました。後からわかったことですが、この女性は未成年ではなく、男たちとグルになって金をだまし取ろうとした「美人局」だったとのこと。長井秀和はまんまとその手口にひっかかってしまったのでした。




だまし取られたのは事実ですが、妻子ある身でフィリピン人女性と一夜を共にしたことが批判され、メディアへの露出は一気に減りました

その後、コメディアンとして成長したいと言う名目で、逃げるようにニューヨークへ旅立ちます。

日本から逃れるかのように2007年9月、長井は突如として、「世界に通用するコメディアンを目指したい」とし、綾部同様にニューヨーク行きを宣言します。彼としては再起を図る意図もあったのでしょう。
実際、現地へ渡ってからはコメディクラブなどへ出演し、定期的にお笑いライブをやっていたりもしたそうです。
引用:exciteニュース


このまま活動していれば、人気回復も可能か・・・?という時期に、またしてもスキャンダルを起こしてしまいました。ニューヨーク滞在中の2007年10月に、カナダ人タレントとのキスプリクラが週刊誌に流出する、不倫疑惑が報道されてしまいました。




ここまで来ると逆に笑えてしまうという声も多かったですね(笑)結局、長く下積み時代を支えてくれた奥様とは即離婚し、その後もメディアへの露出はほとんど無い状態です。


養育費を払いながら、ライブと英語教師を掛け持ち生活

離婚した奥様との子供の養育費を払いながら、働き続けているようです。メディアへの露出はありませんが、地方でお笑いライブに出演しています。

また、英語がもともと堪能だったので、「大人のエンタメ系英語塾」と称して、英語を教えるイベントもやっているようです。




長井秀和に会いがてら、習ってみたいという人は多いでしょうね!芸能界からは完全に干されてしまいましたが、持ち前のバイタリティで腐らず仕事を続けている様子です。

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